またまた、お米の話。

2018年10月30日IMG_3477

 

 

今さらだけど、僕はお米が大好きです。
というよりも、好き嫌いの問題を超越した無くてはならない存在で、もう米の無い暮らしは考えられません。

 

ただ、思い返してみると子供の頃からずっとそうだった訳でも無かったんです。
好きかと問われたらもちろん好きと答えるけど、外食やパンやパスタが続いても今みたいな米の禁断症状が出るわけでも無かった。10年以上前に一人暮らしをしてたころ家にはお米が常備されていたかと思うと、きっと無かったんだと思う。
人生の中でお米の分岐点になったのは30歳になる手前。
安かろう悪かろう、なんてことは気にせずとにかく食費は安くして、その分外食や趣味にお金をかける生活を送ってました。
今思い出すとその頃も楽しい生活だったけど、ふとしたことをきっかけに株式会社ナチュラルハーモニーの河名さんのセミナーを受講しました。

それが自然栽培との出会いでもあり、僕のお米の分岐点となったのでした。

すぐにナチュラルハーモニーの宅配を申し込み、野菜の美味しさに感動していたのですが、そのうちにお米にも手を出すことになりました。野菜ももちろんそれなりの価格だったのですが、その時の僕にとってお米の価格はかなりハードルが高かったんです。
それに野菜は違いが分かりやすかったのに対して、お米はそんなに主張するものでもないから踏み切れない自分もいました。

だからたまに買ったりする程度で。

でも河名さんからお米の重要性をいろんな角度から説明されて、そのうちに毎日食べるようになりました。
はじめは頭で食べたのですが、そんなに時間が経たないうちに無くてはならない存在なっていたのです。

 

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あれから10年ちょい。
今ではすっかり米命になってしまいました。
僕の身体の大部分はお米でできているとも言えるくらいだし、心も魂もお米からできていると断言できるくらい。
食卓も仕事も家計も全てお米が中心で、江戸時代以前とは違うけどある意味米本位制的な暮らしになりました。

 

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話は変わりますが、糖質制限という言葉を見聞きすることが増えました。
米本位的な暮らしの我が家は糖質制限的な見方だけでなく、一般の栄養学から見ても炭水化物の摂取割合が年間を通して異常に高いはず。これが身体に良いか悪いかは別として、とにかく心と体が欲するものを食べているわけです。

現代の発達した物流が無いものとして、この土地から得られるもので一年を通して食べていくこと、すなわち100年程前の暮らしを想像すると、やはり米を中心とした炭水化物を中心した食生活だったと思うのです。実際、資料を読んでみるとこの土地はお米をたくさん食べていたらしいのです。(加えて言うならば冬は餅ばっかり食べていた。さらに糖質アップ!)

 

だからなんだってことではないのですが、この10年米ばっかり食べているなーと思って僕と米とのなれそめを思い出してみました。

余談ですが、今日のブログはブラジルのシンガーであるヘナート・ブラスを聴きながら書きました。
というのも先日、絵里香さんがスロウな本屋さんで開催された宮本しばにさんのおむすびワークショップに参加して来ました。お土産に買って帰ってきたしばにさんの著書「おむすびのにぎりかた」(ミシマ社)の中で、ブラジル人である彼が「人生で最後に食べたいものは梅おむすび」だと読んだからでした。
僕も常々おむすびと味噌汁だと思っていたけど、おむすびに絞って言うならば今日は鮭のおむすびと言いたいところ。明日だったら塩むすび、明後日だったら海苔を全面に巻いたおむすびと言うかもしれません。

お米の話は尽きることがありませんね。

 

 

高谷裕治

 

 

 

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